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燕青 さんの質問
投稿日 2007/07/15 20:32
アンケート:お気に入りの戦国武将は?
Gackt氏の演じる、上杉謙信を見ていたら。。。
戦国武将の話題でアンケートしてみたくなりました^^;
タイトルに「戦国武将」とありますが
「平安・鎌倉・室町」もOKです。
コメントに「思い入れの一言」を添えていただけると
嬉しいです^^
ちなみに私のお気に入りは。。。
立花宗茂(統虎)ですね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/立花宗茂
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
前田利益(慶次郎)
http://ja.wikipedia.org/wiki/前田利益
山中幸盛(鹿之介)
http://ja.wikipedia.org/wiki/山中幸盛
大谷(刑部)吉継
http://ja.wikipedia.org/wiki/大谷吉継
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
の3人も捨てがたいのですが・・・
宗茂は「智・勇・義」の3要素を備えた戦国屈指の名将と思います^^
キョッチさんからの回答
回答日 2007/07/15 21:41
前田利家・・・
日本史だけじゃなく歴史は苦手ですが、NHK大河ドラマ「利家とまつ」の唐沢寿明さんが素敵だったので…♡
実際の利家も長身でカッコよくて、頭も良かったって言うんだから女性から見たらポイントもぐぅ~んとUPです。
⇒こんな理由じゃダメでしょうか?
質問者 (燕青さん) からのコメント
回答日 2007/07/16 02:04
槍の又左キタ━━(゚∀゚)━━!!
>唐沢寿明さんが素敵だったので…♡
無問題です(。^_^。)/
こういうきっかけで歴史上の人物に注目するのも全然アリと
思いますんで^^
wikiの前田利家リンク(かなり興味深いです^^
http://ja.wikipedia.org/wiki/前田利家
人物エピソードにもありますが、甥(実兄の養子)である
前田利益との「風呂話」は面白いですよw
大河ドラマにも甥の利益が登場してましたが、
まさか「ミッチー(及川光博)」とは^^;
私的には「利益=Gackt」のキャスティングで
見てみたかった気も(うふふ
たかぽんさんからの回答
回答日 2007/07/15 21:47
真田幸隆♪
歴史上の人物は、文献によってマチマチな描写をされているので、TVドラマ等で見ているのが「正しい姿」と思って見ていると思います。
私も、キョッチさんと同じ理由でいくと、今風林火山で出演している「佐々木蔵之介」さんのファンなので(笑)
「真田幸隆」が…。
実際は、文献とか学校で習った上では「毛利元就」が一番好きかな?(お気に入り…というか…)
質問者 (燕青さん) からのコメント
回答日 2007/07/16 02:13
>「佐々木蔵之介」さんのファンなので(笑)
まさに、大河ドラマパワー恐るべしw
表舞台に立った真田家の祖ですね^^
勘助戦死の後に、信玄の参謀としてさらに活躍しますが、
この方が長生きしていたら「長篠合戦」は回避できたかも
しれませんね^^;惜しいかな・・・
別の話題ですが。。。思い起こされる悲しい出来事。
「信長の野望」という歴史ゲームがありまして。。。
初期の作品では、信玄公より「智謀」が低かったですTT
ゲームと史実の立場って。。。_| ̄|○ il||li
すてっちさんからの回答
回答日 2007/07/15 21:49
織田信長
殺戮者と言われながらも
己の信念を曲げずに
驀進したところでしょうかww
質問者 (燕青さん) からのコメント
回答日 2007/07/16 02:23
信長、私も好きです^^
時代の先駆者であり、まるで40年先の未来からタイムスリップ
してきたような先見性の持ち主ですからw
この人物も「IF」の可能性として、無限の想像力を
掻き立てますね^^
やはり。。。
日本統一後は秀吉同様に朝鮮出兵したのだろうか。。。
「本宮ひろ志」さんの作品で、この「IF」を描いた作品が
ありますが、大陸で騎馬民族の騎兵力を吸収し、
第二のチンギス・ハーンの如く暴れてました(苦w
ナンシーブラウンさんからの回答
回答日 2007/07/15 21:51
山本勘助です。
武田信玄に仕えた軍師で気象学に精通していたらしく、霧がいつ出るかなどが事前にわかったそうです。「ヤマ勘」の言葉も、山本勘助から取られたものらしいです。
知的な武将に好感を持ちます。
質問者 (燕青さん) からのコメント
回答日 2007/07/16 02:30
やはり、勘助来ましたね^^
wikiで紹介されているんですが、
http://ja.wikipedia.org/wiki/山本勘助
あの「山本五十六」と家系図上で繋がっていたという事実は
( ・∀・)つ〃∩ ヘェーヘェーヘェーヘェーヘェー
ですw
うめちんさんからの回答
回答日 2007/07/15 21:55
北条氏康
…私は日本史オンチですが、
日本史大好きの主人が、このヒトが大好きで。
その関係で本を読みましたが……
あぁなるほどなって思いました。
好色なところがありましたが、
なかなか民のことを考えていたのね~って。
ちなみに、豊臣のときに移封されて、
私の実家近く(出身幼稚園と小学校が城跡)
に遺跡があるのですが…………
主人が、実家近くを散歩していて
「うわあああ、北条家の城跡があったんや~!」
って妙に興奮して感動していたのが印象的です
質問者 (燕青さん) からのコメント
回答日 2007/07/16 02:42
戦国武将でも屈指の智将・治世家ですね^^
そして。。。「後北条氏」最後の輝きヽ(TーT)ノあふ~ん
早雲・氏綱の2代に渡る大物の後継者でしたから、
当時のプレッシャーは相当なものだったと思います。。。
その反動が氏政に来たのかもしれませんが^^;
一応、フォローで・・・・
氏政は決して無能じゃないんですが。。。
前の3代は。。。あまりにも偉大過ぎました^^;
ちなみに、
当時の北条家で「武」を担った「地黄八幡」こと
北条綱成も良いですよ^^
wikiリンク北条綱成
http://ja.wikipedia.org/wiki/北条綱成
とっととさんからの回答
回答日 2007/07/15 22:11
信長
戦国武将といえば、一番に出てくるのは織田信長です。
あの時代ではヒーローだったのではないでしょうか?
質問者 (燕青さん) からのコメント
回答日 2007/07/16 02:48
まさに、悲運のヒーローですよね^^;
当時としては規格外の事を次々に断行したために、
「オールドタイプ」な層からは非難の的でしたし(´・ω・`)
もっとも、あの時代に「柔軟な発想」を求めるのは、
無理があったのも理解できますけど。。。
本当に残念。。。
何気に、信長は自分の死期を知っていた為に生き急ぎ、
あえて規格外の事を断行した。。。なんて事はないか^^;
rararaさんからの回答
回答日 2007/07/15 23:27
新田義貞です
鎌倉幕府を倒した関東の武将ですが、最後は非業の死を迎えてますね。新田次郎著作の「新田義貞」を読んで以来のファンです。それと浅井長政、お市の方が嫁いでたのに信長に滅ぼされ、長政の頭蓋骨に金を塗りお酒をついで飲んだというシーンは大河ドラマでもありました。歴史的にはどうか確認してませんが、信長の狂人ぶりというよりもこの時代に生まれて敗戦は大将としての悲哀なんでしょうか。後は武田勝頼、真田幸村も魅了される武将です。
質問者 (燕青さん) からのコメント
回答日 2007/07/16 03:25
>新田義貞
大河ドラマ「太平記」での尊氏との一騎打ちシーンが
今でも印象に残ってます^^
この方の出自は「清和源氏」の流れという事もあり、
北朝方へ加担していたら、「新田幕府」が誕生していたかも
知れないんですよね(´・ω・`)
正成と共に悲運の名将として評価されている点を考えると、
「IF」の話ですが。。。
>浅井長政
実際は、反信長派家臣団による暴走という見方もあるようです。(同盟破棄・信長包囲網)
http://ja.wikipedia.org/wiki/浅井長政
赤尾、磯野、海北の三重臣は「武」の面でも有名な人物で、
これら重臣は「攻撃に反対・攻撃不参加」との事。
しかも、長政自身の出陣も無かったそうです。
(あぁ。。。タイムマシンで事実を知りたい^^;)
ドクロの話は信長の性格を語る有名な話ですが、
実際は「無し」というのが結論のようです。
wikiの織田信長に関する項目でも確認できますが、
私自身、昔に図書館で同様の記載があった本を何冊か
見かけてます^^
一応、wikiの信長リンク
http://ja.wikipedia.org/wiki/織田信長
とりあえず、
当時の宣教師ルイス・フロイスの目線で観た信長像は的確と
思えます。
何しろ、外国人である事を前提に虚無の事実を残す理由が
ありませんし^^
勘助さんからの回答
回答日 2007/07/15 23:28
織田信長です。
私の先祖が仕えたので、それなりに魅力があったからでしょう。(笑)
情報力、人の使い方、好奇心、どれをとっても、やはり、それなりの人だったのでしょう。
無茶な面も多々ありますが。
質問者 (燕青さん) からのコメント
回答日 2007/07/16 03:37
信長、人気スゴスw
やはり、エピソード豊富な人物ですし、
自然と興味の対象になりますね^^
>私の先祖が仕えたので、それなりに魅力があったからでしょう。(笑)
w(゜o゜)w オオー!
ネット上とはいえ、お見かけ?する機会を得まして光栄です^^
ちなみに、私の中学時代のクラスメイトに北条氏の末裔が居た
以来です^^
(前北条・後北条の確認は取ってませんが^^;)
このネタでもう一つ。
高校時代になりますが、歴史の先生が大学時代の同級生に
「徳川姓」( ̄□ ̄;)!!
の方が居たそうで、
「時代が時代なら、平伏しなきゃ」と言ってましたw
まぁ坊さんからの回答
回答日 2007/07/15 23:42
毛利元就です
僕は断然毛利元就です。
知将ですからね〜。憧れます。
三本の矢の話も有名ですし。
今「信長の野望」をやってるんですが、もちろん毛利元就ですよ。
質問者 (燕青さん) からのコメント
回答日 2007/07/16 03:47
>今「信長の野望」をやってるんですが、もちろん毛利元就ですよ。
同志!( ^^)/\(^^ )
「風雲録」の初クリアは毛利氏でした^^
幸いにして?長男の隆元が史実よりも10年ちょっと
長生きしましたので(苦w
全国制覇は毛利隆元でクリアです^^
万が一、隆元が亡くなった場合は隆景にするつもりでした。。。
流石に、輝元は(´・ω・`)ショボーン
。。。「戦国群雄伝」の時は、尼子氏と言うか。。。
「山中鹿之介」一人に手こずりましたね^^;
今の信長シリーズでは考えられないほどのパラメーターでしたんで^^;;;
殆ど大名クラス(苦w
りなパパさんからの回答
回答日 2007/07/16 08:58
真田昌幸
池波正太郎の真田太平記を読んで好きになりました。
武田家滅亡後の上杉、北条、徳川を相手にしての生き残り戦略には目をみはるものがあると思います。
質問者 (燕青さん) からのコメント
回答日 2007/07/16 17:47
この人物、「藤堂高虎」並に処世術に長けてましたねw
(あの「表裏比興の者」のあだ名は頷けます^^;)
策謀家のイメージが高いですけど、寡兵指揮がズバ抜けて
いたことから、指揮官・用兵家としての才能も戦国屈指
だったと思います。
そして、
関ヶ原合戦前の言葉が特に印象に残りますよね。
・三成挙兵に際して宛てた書状にて
「なんでもっと早く知らせてくれないのですか?」
人望の薄い三成に計算高い昌幸が味方している訳ですから、
昌幸には、徳川家を破る秘策が常々あったのかも知れません。
本当にもっと早く知らせていたら。。。λ....
・長男信之の東軍参加
「どちらが勝っても真田の名は残る。」
悲しい言葉の反面、昌幸の性格が如実に出てますね^^
真田家は幕末の動乱も乗り切り生き残りましたし(流石
かりんさんからの回答
回答日 2007/07/16 09:47
徳川家康
地元出身だからというのも有りますが、小学校の時読書感想文で、この人の伝記の感想を書いたら入選したので。
その時他にも色々な人の(伝記)を読んだのですが、家康を選んだという事はやっぱり気に入っていたからなんだなぁと、今では思います。
質問者 (燕青さん) からのコメント
回答日 2007/07/16 18:00
家康の祖父「松平清康」は
「あと10年生きていたら天下を取れた。」
と言われるほどの人物で、祖父の悲願を思い、
後の天下取りを目指したんですかね^^
ちなみに、前半生と後半生で人柄がまるで変わってしまった
点は非常に気になります。
(心中どんな変化があったんでしょう^^;)
その点で一部の武将ファンから「松平元康派」という改名前の
名前で呼ばれるのも興味深いです。
めがねザルさんからの回答
回答日 2007/07/16 10:18
信長!
織田信長は強烈な印象です(@_@)
戦国武将と聞いただけで、パッと思い浮かべるのは
信長です。
質問者 (燕青さん) からのコメント
回答日 2007/07/16 18:13
このQ&Aを通して、改めて信長を考えると
中国史における前漢の3功臣
・張良(策謀)
・蕭何(政治)
・韓信(軍事)
の才能を一人で担ってる事が興味深いです^^
特に、参謀を持たなかった点は特筆すべき点でしょう^^
配下に両兵衛(半兵衛・如水)がおりましたが、
形式上で織田家臣、実際は秀吉の参謀なんですよね。
。。。3功臣の役割を一人で。。。
自分で書きながら、本当に傑物と思いますわ^^;
しかも、ナポレオン同様に前線で兵と共に刀を振るったそうでw
兵士鼓舞の意味があるにしても、当時の「いくさ」で言えば
まさしく規格外ですねw
大名自ら「前線」って^^;
Chat☆Blancさんからの回答
回答日 2007/07/16 10:35
加藤清正
地元では清正公(せいしょこ)さんとして親しまれいます。
県内にあるたくさんの石碑を見ているうちに好きになりました。
天下無双の鬼上官ですが、一方で築城・治水など土木工事でも手腕を発揮しています。
質問者 (燕青さん) からのコメント
回答日 2007/07/16 18:27
賤ヶ岳七本槍の一人キタ―――――ヽ(´ー`)ノ―――――!!!
>天下無双の鬼上官ですが、一方で築城・治水など土木工事でも手腕を発揮しています。
武人・政治家としての力量も、本当に申し分ないですね^^
タイプ的には早世した「蒲生氏郷」と似ているのですが、
もし、氏郷が長生きしていたらというIFを思うと、
清正にダブらせて見てしまうんですよね。。。
ちなみに、「文禄・慶長の役(朝鮮出兵)」の活躍と
虎退治エピソードが印象に残ってます^^
「虎退治=武松(水滸伝)」を思い起こすんでw
さすがに、武松の如く「泥酔状態+素手」で倒したとは
思いませんけど^^;
けんたろうさんからの回答
回答日 2007/07/16 10:38
武田信玄
地元だからってのが大きな理由ですけど・・・。
いろんな作家の題材になっているのも楽しいと思っています。
質問者 (燕青さん) からのコメント
回答日 2007/07/16 18:38
この人は領地運に恵まれなかった悲運の武将のイメージがあります^^;
中部地方あたりに存在していたら、あっさり周辺大名を制圧し
上洛→武田幕府誕生。
の可能性があったんですよね^^;
・・・主力の武田騎馬が編成できたかどうか微妙ですが(ぉお
私自身は配下の個性の多さに惹かれます。
高坂弾正・山県昌景・原虎胤・馬場信春・山本勘助あげたら
キリが無いです。(ぶっちゃけ、二十四将全てでもw)
がっちゃんさんからの回答
回答日 2007/07/16 14:59
源義経
お兄さんのために頑張ったのに裏切られ、挙句の果てに追われて・・・。なんて可哀想な武将なんでしょう。
質問者 (燕青さん) からのコメント
回答日 2007/07/16 18:52
九郎判官、やはりきましたね^^
この人物も悲運の武将ですが、政治的な助言を行える人物が
身近におらず、後白河法皇に踊らされた感はありますね。
実際、平氏討伐の武功は九郎の功績が大半ですし、
自身の武力に驕り高ぶる事実があった事も否めません。
(もしかしたら、西国で独立する気があったのかも?)
それにしても、最後は哀れです(-∧-;)ナムナム
秀衡がもう少し生きていれば。。。
(65歳で没してますんで、当時でも異例の長齢ですがw)
似たような境遇関係にあるのが、戦国時代の島津家で、
当主「義久」と弟の「義弘」は何となくダブるんですよね。
こちらは幸いにして、悲劇には至りませんでしたが^^;
大休さんさんからの回答
回答日 2007/07/16 16:43
信長
世の中の仕組みを変え、歴史を作った武将だから。
質問者 (燕青さん) からのコメント
回答日 2007/07/16 18:55
5票目の信長票。。。目下、勢い止まらずですね^^;
次点に毛利元就。
さてさて、このレースの決着は!?
って、私が〆ちゃったら終わりなんですが^^;
何気に、上杉・伊達・島津が来ないのが意外ですw
とろりんさんからの回答
回答日 2007/07/16 17:21
毛利元就
知将として真っ先に思い浮かぶ、好きな武将です。
そして、私が持っている唯一の歴史本は「毛利元就」です。
質問者 (燕青さん) からのコメント
回答日 2007/07/16 19:16
中国地方って、何気に屈指の軍略・策謀家が輩出されてますね。
元就以外に思い浮かぶ人物で上げると、
・山名宗全(六分一殿。全国60国中の10国を領国に(!))
・尼子経久(下克上の代名詞。早雲同様引用されます^^)
・大内義隆(義隆の代で8国(!)を有し、大内全盛を築く)
・陶晴賢(元就最初のライバル。もし元就が居なかったら?)
・宇喜多直家(いろんな意味でこの人物が一番怖い^^;)
・小早川隆景(元就の気質を良く受け継いだ人物。)
kimikoさんからの回答
回答日 2007/07/16 20:06
上杉謙信、直江兼続
新潟ですからね。
再来年のNHK大河ドラマは、直江兼続です。
「風林火山」の謙信は何となく「??」という感じです。
質問者 (燕青さん) からのコメント
回答日 2007/07/16 20:46
>上杉謙信、直江兼続
キタ━━━━ヽ(゚∀゚ )ノ━━━━!!!!
ちなみに、謙信が女性だったという説がありまして、
http://ja.wikipedia.org/wiki/上杉謙信女性説
非常に興味深い内容です。
あと、「動の信玄」「静の謙信」と言われますが、
謙信自身の性格は信長並に破天荒な人物というのも伺えますw
http://ja.wikipedia.org/wiki/上杉謙信
実は謙信って、2人居るんじゃないかとも(男女で2人とかw)
直江山城守、大河放映楽しみです^^
主君、景勝との友情は戦国史でも別格でしょう。。。
もしや(゚Д゚≡゚Д゚)BL?
\(・_\)ソノハナシハ (/_・)/コッチニオイトイテ
で、実は奸臣の評価もあるんですよね^^;;
http://ja.wikipedia.org/wiki/直江兼続
上杉鷹山のフォローが入るまで、上杉家ではこの風潮があった
というのも悲しす(´・ω・`)
私事ですが、前田利益との友誼も大河で出して欲しいですね^^
最上義光&伊達政宗の連合軍との退却戦において、山城守に従軍
した前田利益の武勇は「鬼神の如く」と敵軍にも語り継がれた
そうです^^
KanKanさんからの回答
回答日 2007/07/17 06:41
いません。
どうしても、武将には、感情移入できなくて・・・。
女性だったら、感情移入できるのに。歴史に出てくる人物は、男の人ばかり。女の人は、裏方で。歴史の物語りにもどうしても興味がわかないんです。(・・・こんな、答えがあってもいいですよね?)
質問者 (燕青さん) からのコメント
回答日 2007/07/17 21:02
>女性だったら、感情移入できるのに。歴史に出てくる人物
>は、男の人ばかり。女の人は、裏方で。歴史の物語りにも
>どうしても興味がわかないんです。
う~ん^^;ちょっと残念スヽ(TーT)ノ
平安と鎌倉を入れている事には訳がありまして、
同じ時代に存在した日本史屈指の女傑が2人存在してるんですよね。
で、その2人の印象や歴史ファンの人気も強い事もあり、
名前が書き込まれるのを楽しみにしていたんですが。。。
とりあえずこの書き込みを拝見した以上、私が紹介します^^;
まず一人は、中学の歴史教科書にも俗称付きで登場する
「尼将軍 北条政子」
この人物は言わずもがなの感があるんで、功績はwikiで
どぞ^^;
http://ja.wikipedia.org/wiki/北条政子
そして、「巴御前」。
http://ja.wikipedia.org/wiki/巴御前
源(木曽)義仲の愛妾でありながら、木曽四天王を初めとする
「戦上手」な面々の中で共に肩を並べて大活躍した女性です。
「巴御前」は大河「義経」にも登場しており、キャスティング
された時はw(゜o゜)w オオー!とNHKを見直しましたね。
しかし、私が紹介する事になるとは^^;ちょっと残念。
とりあえず、日本史を彩ったこの2人の女性の存在はご記憶の
片隅に住まわせてあげてください<(_ _)>
ちなみに、戦国時代でも女性武将の存在はありました。
伝も残っておりますが、「立花ぎん千代」。
(「ぎん」は門構えの中に「言」)
この人物は、後に養子入りする立花宗茂の妻になりますが、
それまでは、実父「雷神 立花道雪」から正式に家督を譲られ、
女性当主としても記録に残っております。
夫の関ヶ原敗戦後、館を守るため鎧を着け出陣などのエピあり。
他にも政治的オピニオンとして、時には表舞台を取り仕切った
様々な女性たち。
お市の方、濃姫(帰蝶)、お松の方、「ねね」ことお禰さま、
義姫(通称、鬼姫)、見性院(千代)、淀殿、玉子姫。。。
(だー、浮かぶの多すぎ^^;)
と、このように女性達の活躍も現在に伝わっております。
やぶともさんからの回答
回答日 2007/07/17 19:13
細川忠興
学生時代に「細川ガラシャ夫人」を読んで好きになりました。でも読んだのがあまり昔で、内容はほとんど忘れてしまいました。たぶん夫婦愛に感動したとおもいます。
質問者 (燕青さん) からのコメント
回答日 2007/07/17 21:12
戦国でも美男美女のカップルとして、語り継がれてますからね^^;
しかし、忠興の溺愛ぶりって現代女性の目線で見た場合、
正直どうなんでしょうね(苦w
ちなみに、「細川玉子」を初めて知ったのは、
沢田研二さん主演の映画「魔界転生」。
(リメイク版じゃない方です^^;)
小学生の頃に見ましたが、凄まじくオカルトでしたね^^;
玉子は「転生」の後に将軍をたぶらかす妖女の役でしたが、
非常に濃いキャラクターの中でも存在感は抜群です。
機会がありましたら、是非ご照覧くださいまし^^
同映画の余談で、
柳生十兵衛 VS 宮本武蔵
このあり得ない対決は結構興奮しましたw
ゆんたんさんからの回答
回答日 2007/07/17 22:38
山内一豊
マニアックな部類に入るのだろうと言われましたが、まぁ一票☆
http://ja.wikipedia.org/wiki/山内一豊
大河ドラマをみてから、気にするようになりました。
千代との関係も見逃せなかったので、また見たい作品でもあります。
質問者 (燕青さん) からのコメント
回答日 2007/07/17 23:18
この人物と見性院の存在が無ければ、幕末の大回転は無かった
と言っても過言ではないですからね^^;
しかし、郷士(旧長宗我部派)に対する扱いは過酷ですわ~
一豊自身、非常に苦労人であり弱者の立場をわきまえている
人物と思いましたので、郷士への対応はもっと寛容であるべき
だったと思います。
その結果、後世幕末の郷士における苛烈な行いも相まって。。。
「山内容堂」の評価は名君とは決して言い切れない汚点になっ
てしまいましたし^^;残念
ゆいさんからの回答
回答日 2007/07/18 10:04
武田信繁
文武両道に優れ人望も厚かったけどそれに奢らず
戦国時代にあって兄を慕い尽くした人なので。
信玄の弟、典厩公に1票します。
ドラマではかなり地味ですね。
質問者 (燕青さん) からのコメント
回答日 2007/07/18 21:20
>信玄の弟、典厩公に1票します。
>ドラマではかなり地味ですね。
信繁良いですよね、玄人好み来ました^^
兄弟で助けあった姿は秀吉の弟である「羽柴秀長」と
共通しますね^^
享年37歳と、短い生涯ながら後の世代にまでその名は
受け継がれ、真田幸村の本名が「信繁」と名付けられ
ているのもその人物の大きさを感じさせます。
。。。ドラマ確かに^^;
1988年の大河「武田信玄」のほうが、出番や役回りは
多かったような_| ̄|○ il||li
兄の右腕に徹する事で自分の立場をわきまえた故の姿を
今のドラマは表現してるんでしょうかね(´・ω・`)
ちなみに、勘助と「第四次 川中島合戦」で共に死亡して
いることから。。。
なんというか、勘助と絡んで欲しいですよね^^;
すんつうさんからの回答
回答日 2007/07/18 23:42
薩摩守忠度
武将と呼べるほど戦ったのかどうか知りませんが(笑)、滅びの美学ということでいえば、忠度をおいてほかにいないでしょう。
武士としての強さは持っていないかも知れませんが、己の歌のために数騎で都に引き返す根性は見上げたものです。
質問者 (燕青さん) からのコメント
回答日 2007/07/18 23:57
渋い人物来ましたね^^
平忠度、平家方でも屈指の武人。
しかも、歌人としての高名あり。。。
当時における文武両道の手本的人物。
が、しかし。。。。。。後世でまさか
「ただのり」→「無賃乗車(ただ乗り)」
の語源になるとは_| ̄|○ il||li
狂言の「薩摩守」が由来とはいえ、切なす。。。
源氏でさえ、その死を惜しむ声が多くあった人物なのに。。。
本当、負けた側は後で何を言われるか^^;怖ッ
回答の受付は終了しました。






